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この岩倉橋のポイントなあ、、
そして僕は途方に暮れる、佐藤竹善バージョン。正に、正に。
当時はFM放送で日曜日の夕方に、佐藤竹善さんの番組ありましてねえ、それよくエアチェックしてですね、ポンコツファミリアでのカーステで流してまして。
輝いた季節は、
そして僕は途方に暮れる、
そう思ったなあ、大学卒業してアパート引き払って、クルマ停めて赤城山を眺めて、感じたこと
自分の無力感なのか、
私のやろうとしたことは、自分一人では無理だったし、時間は過ぎ去ったし、
無力なものたなぁと。
赤城山っなんだろうね。
岩倉橋
烏川にかかる橋、玉村町や、高崎の大類に行く。彼女が住んでたから。
なんで、玉村町に住まないの
かなぁって、遠いじゃない高崎の大類。群馬女子短があるほうじゃないかと。
国道354沿線。
でもまあいいか。と思っていた。
玉村町だったら、県立女子女子大生も上武大生も住んでるエリアで良いのにそれをしなかった。
何故?簡単な答えは彼女は高崎駅が、バスで1本で行けて本数が多いとかで。
通学のとき、県立女子行きのバスがあって、赤城下ろしきついから、バス停留所の近くじゃないと無理とか。
まあ良いと思いながら、よく彼女のアパートに行ったものだと。
彼女にしたら、丸きり逆なのか、私のアパートに来てはくれたけど、送り迎えだからね。彼女のアパート行って、送り迎えしなきゃだから。
どのみち、岩倉橋を頻繁に通ることになる。
ある春の晩に、桜の咲きだしたころか、私は赤城山の赤城村に行った帰りに、彼女のアパートに行ったら、彼女の友達が来て泊まっていた。
山形の高校時代の友達だそうで、埼玉の方の女子大なのだそうだ。
私はすぐ帰ろうと思ったのだが、好きな日本酒を飲ませてくれると言うので泊まることになってしまい。
それで、彼女と彼女の友達と飲んでいた。
日本酒と言ってもどこぞの銘酒ではなく黄桜だった。そこら辺のスーパーで買ってきたっぼい。
女子大生って日本酒を飲むのかと思った。
それで、今日は大学が春休みですることなかったので、赤城山の赤城村に行って、山の神が祀られているところで、桜が綺麗なので行ってきたと言う話しをしたら、興味深そうに聞いていた。うけそうにないから話しもしなかっが。
「赤城山っどんな山なの?」と友達に聞かれた。
日本酒が良い感じにまわったら、もう上州弁で語りだす。
一旦打ち解けて、調子よく、語りだすと止まらなくなるのが、群馬県人というもの。
たんべ?
それで、赤城山の話しを子供のころから、高校までみたりきいた話しをその友達にしたら、面白がられたらしい。
「群馬の人って独特ね、でも悪い独特じじゃない感じだわ」
と、言う評価を頂た。
二人とも山形出身と言うことになるが、群馬人と山形人はまるで相関関係ないから、違う属性の者が、カップルになるというから、飽きることはなかもな感じだった。
あと、山形弁で彼女と友達が話してると、何言ってるのかよくわからないが、なんか嫌な感じがしない。話し方の速度がいい感じからだと思った。
まあ、そんなで彼女の友達に赤城山の話しをした。
続く
邪馬台国は群馬だった⁉️田中英道先生
邪馬台国は群馬だった⁉️

と、言われていたそうです。
先の投稿で、何が根拠に?と思うかたも当然いらっしゃるかと。
一つ、日本の中心は群馬県なのです。
私も赤城神道のま末裔の女性に聞いたことと合致することが多く。
出雲を追われた大国主命が、新潟を経て利根川づたいに、赤城山麓に王朝をつくり、諏訪に行ったと言う話しも聞いています。
私の根拠としては、それだけです。
赤城神道の崇敬者ではありませんし、ただ同郷の近くに住んでた、当時は一つ上のお姉さんが、赤城山麓に点在する、古代赤城神道の末裔がいたことで、群馬に邪馬台国があったと言うことを聞いています。
ぶっちゃけ、私の家系の田邉家は沼田の三大庄屋と言われていて、天理教の家でしたので、私としては邪馬台国とか中学の頃聞いても、どうでも良いことで。
天理教は私は31年前に退会しました。念のために、私は宗教に属していませんので。
さて、みなさんと一緒に考えていきませんか?
伊勢崎市の宮子の方にある、浦島太郎伝説のある神社があるのですけど

浦島太郎伝説はわりと各地にあるのですが、実際にあったことなんではないかと思いますが、 龍宮城は海の中でなくて、太陽系の土星の衛星に行ったのではないかと思います。
伊勢崎市の宮子の方にある、浦島太郎伝説のある神社があるのですけど
これ見つけたの2003年7月でしたが、当時はこれみつけて、何だこれは?とか思って、ブログ黎明期に、ネタでブログにしたのが最初だっんですよね。
今年もお読みくださりまして、有り難うございました。
🎍みなさん、こんにちは、またはこんばんは。
ブログの読者様、今年もお読みくださりまして、有り難うございました。
今年も残すところ、7時間となりましたが、
皆様にとって、新しく明ける年が、素晴らしい年になりますよう、御祈念いたします。
必ず、誰しもこぼさず、良い年になります。真の神様は何時でもあなたをお見守りになり、愛されてています。
気がつかないのは人間です。
私は宗教者ではなく、言霊師です。
どこの神を拝め、どこの拝め、なになにの命様拝め、と言うことがないのです。
神社は拝んでも良いが、古い人しかおらんぞ、
私の所の御祭神様、人集めするな、金集めするな、それで喜ぶような神ではない言う神様です。
今年最後の投稿になる思いますので、どちら様も新たな希望を持ち来年に向けて、良い年をお迎えください。
日本は言霊がある、とても幸せな国にございます。
ことだまとは、言うことに霊やどる。現実になると言うことです。
今年は不運だったと思う人も、どうぞ、来年から安らかに日々をお過ごしください。
また、どんな日もかけがいのない日です。たまたま新年を迎えるようなもので、一秒過ぎればみんな過去です。
元旦🎍からの投稿はないかもですので。
令和七年十二月大晦日
追記
昨日のスカイツリーですが、
なんでこんなに人がいるんだという1日。用もないのに。

赤城山を撮るために行っただけです。
ふるさとは遠きにありて想うもの